Forbidden!

 ウィリアム・エヴァ・マリーベルは困っていた。

 なぜなら、隣で恋人の祈月夜空が寝ているからである。

 ここは寝台ではなく、アルカディア魔法大学の図書館だ。天井に至るほどの高い本棚が連なり、古代の印刷物や魔術師個人のグリモワールまで、ぎっしりと知識がつまっている象牙の塔の本拠地だ。所々に学生がグループで利用するための個室が半透明な硝子体に丸く吹いてある。ウィリアムと夜空はその個室にいた。丸い天板の机に、スツールが数脚。小さな手もちの黒板と白墨を使い、治癒魔法ディアとヒールの魔術式比較をしていたのだった。夜空の得意分野だ。同じ治癒の魔法なのに、魔術記号は根本から異なっており、ディアのほうが複雑だった。分析しようにも取っ掛かりがなく、夜空は分厚い研究書に首っ引きとなり、やがてペンの音が聞こえなくなったかと思うと、天板に突っ伏して寝入ってしまった。ノートも開きっぱなしである。

 初めは眠気と無為に戦うよりは、と思って大目に見た。本を汚してはならないと、自分の側に引き寄せて、同じ箇所を読んでみた。しかしながら、一章読み終えても起きる気配がない。内容について議論や質問をしたいのに、穏やかな寝息が憎らしい。

 長く伸ばされた髪は艶やかで、天使の輪がくっきり浮かぶ。頭頂部にはすっくと白い三角の獣耳。耳腔はほんのりとピンクだ。ウィリアムは何の気なしに、その獣耳をわしわしと撫でてみた。敏感な場所だ、起きるかもしれない。

 だが夜空は甘えた寝言で鳴いただけで、寝入ったままだった。黒髪を一房すくいあげて、さらりと櫛削る。背中を、つつっと人差し指でくすぐる。

 ノートに伏せていた顔が、むずがってこちらを向いた。しげしげと眺めて、不思議を覚える。東洋人の幼げな美貌だ。夜空は万里の旅路を駆けて自分の傍らにやってきた。起こそうと思っていたから片手で頬を包んだ。そして薄い唇を、親指でなぞる。

 そこまでしたのに、夜空は起きない。苦笑してしまい、頬をひたひた叩いたが、反応はなかった。悪戯心が出て、伏せた背に覆い被さって、横顔にキスする。耳裏に鼻を突っ込んですーっと嗅ぐと、やがてくすくす笑いが聞こえてきた。

「ウィル、やらしー……」
「ノー。心外だ」
「だって~、眠り姫に手を出しちゃうなんて、いけないんだ」
「全く。誰がお姫様だって? 途中から起きてたろう?」

 軽口をたたきあう。ぎゅうっと背中ごと抱くと、観念したように首を反らした。首の後ろ、浮いた頸椎に口づけする。どことなく、征服感。

「ちょ、ちょっとウィリアム。俺、恥ずかしいよ……するなら、部屋に帰ってから」
「ん? そしたらオーケーなのか? 居眠りしたフリで誘っていたのはそっちだろう?」
「ダ、ダメ……”俺のカナリア”!」

 セイフワードまで差し込まれ、ウィリアムはこめかみに唇を押し付けて離れた。個室の壁は半透明なので、あまり長引かせるのは得策でない。何気ない顔で、読書を再開してやる。拒絶したはずなのに、夜空は熱く見つめてくる。ふっ、と目を合わせる。隠れる場所もないのにノートの上に縮こまる。

「夜空。真面目に勉強する気がないのか?」
「俺の本……返して」
「君のとっていたノートを見せてくれないか? 私も確認したい点がある」

 ノートと本を交換しあい、勉強を再開する。わざと素っ気なく振る舞いつづけていると、最終的には泣きが入った。

「ごめん……ウィル。俺、恋人モードから戻れなくなっちゃった……!」
「仕方のない奴だな。ほら、おいで」

 腕の中に招いて、膝に乗せてやった。夜空は嬉しそうに抱きついてきて、そのまま首筋に顔をうずめた。

「へへ……幸せだぁ。ずっとこうしてたい」
「それは無理だ。また後で」
「うん。でも、今だけは独占させてね」

 夜空の唇が耳を食み、舌先で舐められる。ぞくりとして身を震わせると、今度は耳の穴に吐息を吹き込まれた。

「あ、や、やめろ。くすぐったい! こら、やめないか。私の弱点を知っているな!?」
「ふふん。俺、ウィルのことならなんでも知ってるよ。例えば、こことか」

 夜空の手が服の裾から入り込み、腹をさすってくる。

「やめてくれないと、部屋に帰るぞ」

 脅すとあっさり手を引いた。

「やだ。もっとイチャイチャしたい!」

 駄々を捏ねる子供をあやしている気分になる。夜空は甘え上手だ。年上だというのに、可愛くて仕方ない。

「……では、こうしよう。ゲームで勝負しようじゃないか。勝った方が、負けた方に言うことを聞かせるというのはどうだ?」
「いいけど、俺が勝つに決まってるだろ。ウィルは魔法式分析が苦手だもん」
「ほう? 自信満々だな。ならば、私が勝ったら今夜は朝まで離さない。覚悟しておくといい」
「言ったね? じゃあ、俺が勝ったら、一週間お触り禁止だから。それで許してあげる」
「お触り禁止令だと?」

 ウィリアムは片方の眉を吊り上げる。同室の恋人となって以来、朝はハグ、昼は手をつなぐ、夜は絶対にバードキスを要求してくるような甘えん坊な夜空がそんな禁を突き付けてくるとは思わなかった。

 少し想像を巡らせてみる――夜空が好むような子供っぽいじゃれ合いには堕さない、平穏で静謐な成熟した日常を。

 朝はさわやかに挨拶を交わす。ホットドリンクや朝食を用意し、お互いの健康状態や一日の予定を確認する。

 昼は――信仰について語り合う。

 夜空が故郷天山で受けた宗教教育というのは、ウィリアムにとっては甚だ不完全と思えるものだった。神道、という日本古来の宗教観を重視したもので、ケガレだとか、ハライだとか、ハレだとかケだとか、クリスチャンのウィリアムからしてみれば、不徹底な気がする。精神性や規範に関しては、どちらかというと父親や周囲から受けた「祈月当主としての」教育が彼を規定しているようだった。

 また、かの地には世界宗教の一を占める仏教も根付いているらしい。神仏混淆といった驚くべき史実や、信徒たちの在り方についてなど、トピックを立てて語り合いたいところだった。できれば、神学仲間のフリントなどと共に、真面目なトークといきたい。

 夜は……これは確かにウィリアムにとっても難儀な時間だ。若いせいか、頻繁にベッドを共にしている。けれど、スキンシップがナシだとすれば、晩課まで聖属性塔五階のカセラドルに居残っていても構わないし、夜空にも祈祷に参加してもらえるかもしれない。そして自分たちの絆と本日の恵みとを静かに感謝しながら、おだやかな眠りにつくのだ。

 まさに、理想ではないか。

 十本の指を絡み合わせて思索にふけっていると、夜空は秀才らしい横顔をやけに得意げにして、ぱたんと専門書を閉じた。

「俺に勝てると思ってる? その言葉、忘れないでよね!」
「もちろんだ。約束は守ろう。ただし、負けは万が一にもありえない。せいぜい頑張ることだ」
「……言ってくれるねぇ。後になって吠え面かかないように、今のうちに謝っといた方がいいと思うけど?」

 二重幅の広い瞳が不敵に細められる。ウィリアムも顎をついと上げて受けて立った。

「それはこちらの台詞だ」

 二人は好戦的な笑みを交わしながら闇属性塔の自室に戻った。チェス盤をサロンから借りてきて、自分のデスクに置く。夜空が物珍し気に覗き込む。

「これがチェスかぁ~。将棋と同じようなゲームだよね」
「カードでもいいぞ。ポーカーならば運次第だから夜空でも勝てるだろう」
「どうせ将棋と同じだよ。ルールさえ教えてもらえれば大丈夫!」

 ショーギというゲームが何かは気にかかったが、ウィリアムは念のため駒の一つ一つの動きを説明した。盤面に駒を並べると、夜空は急にソワソワしだした。

「俺……負けたらどうなっちゃうんだっけ?」
「朝まで私と愛し合う」
「ふん。チェスには駒落ちはないの?」
「さっき大口を叩いたのは誰だ」

 ウィリアムは厳しく言い、ダイスを振って先攻後攻を決めた。そして後手を取り、ゲームを始める。夜空はたどたどしくポーンを動かした。

 ――結論から言うと、将棋と同じく、初心者の夜空に勝ち目はなかった。ウィリアムは手加減せず、一方的にゲームは終わった。その頃になると、ウィリアムもとっくに今夜の睦み合いへの興味はなくなっていたため、勝利後にこう宣言した。

「よし。では、一週間お触り禁止な」
「えっ、ま、まあいいけど……」
「夜空は私に触れられたくなかったようだしな」
「そんなことないよ! あれは売り言葉に買い言葉ってやつで……!」

 夜空が慌てて抱きつこうとしてくる。ウィリアムはくるりとターンしてそれを避け、知らぬ顔でチェス盤を戻しに行った。

 そこからの一日は見ものだった。夜空は事あるごとに「ウィル、触っていい?」とおねだり。ウィリアムはノーを返す。

 朝起きるとベッドの傍らに陣取っていて、目をつぶってキス待ちまでしている。

 昼すれ違うとあきらかにわざと肩を抱こうとしてくる。

 夜はウィリアムのベッドに膝を抱えて座り込み、ストライキを行っていた。

「夜空。たった一日も我慢できないのか?」
「ううっ。一日ならともかく、一週間はキツいんだよ~! おやすみのハグくらい毎日欲しい……」
「ダメだ。大体、夜空から言い出したんだぞ? ベッドから退いてくれ」
「うううー……分かった。我慢する」

 がっくりと尻尾までうなだれさせ、二段ベッドのはしごを登っていく。ウィリアムはねず鳴きをして、夜空の注意を引いた。上段から覗き込んでくる顔に笑いかける。

「じゃあ、一週間は触れ合いなしで愛を表現してくれ。私が我慢できなくなったら負けでいいから」

 夜空もパッと表情を明るくした。そしてするするとはしごを降りてきて、投げキスとウインクでおやすみの挨拶をした。ともすれば笑いそうだったが、ウィリアムもサムズアップで応じてやった。

 朝方に目覚めると、本日もベッドの柵に夜空がもたれかかり、じっと寝顔を見守っていた。ウィリアムの緑の目が見開かれると、豊かな狼尻尾をふさふさ振って、喜びの歌をハミングし始める。

「な、何だ……? 目覚ましのつもりか?」
「おはようウィル、そうだよ~、君が今日も健やかに過ごせるように、おまじないだ!」

 だからキスしてもいい? と上目遣いで迫ってきたが、ウィリアムは起き上がってさっさと朝仕度を始めた。

「あっ、待って! 俺も行く!」

 顔を洗い、髪を整えて急いで着替え、午前中の講義の準備をし、闇属性塔を転がり出た。

 最初の授業はたまたま同じ、マロウ牧師の戦闘補助魔法学だ。隣に座ると、ノートの片隅に「I love you」と走り書きされる。その下に「me too.」と返事を書いてやって、「Will you kiss me?」には「Ofcorse, After Six days.」と答えた。夜空はむう、と口を尖らせる。本当なら今すぐその物欲しげな唇を奪いたいが、そんな行いは不埒だ。ウィリアムは夜空と付き合って以降、いや、出会ってからずっと、ひそかに悩んでいた問題に向き合える、と考えを改めはじめていた。

 ――要するに、夜空との付き合いはかなり、ふざけている。

 刹那的なふれあいを重視してはいけないのに、彼は求める。

 友人だった頃だってたまに甘えてきていたが、いざ付き合いはじめてしまうと扱いに困ることもある。

 ウィリアム自身も、夜空を可愛がりたいという衝動をなかなか抑えられなかった。

 異国の魔法大学に入学し、同級生たちはとっくにそのレベルのじゃれ合いからは卒業しているようだ。同性どうしで付き合っていることは、おおっぴらにはしていない。だけどハッキリ聞いてきた闇属性塔の才媛たちもいる。

 夜空がロンシャンから連れ立ってきた大麗からの留学生、葉貞苺と、クルシュタルト連合王国の美人書店員ことバールドシュ・ノエーミがそれだ。ふたりは闇属性塔サロンで二年生が仕事の割り振りを決めている時に、何気なく質問を投げかけてきた。

「夜空とマリーベルは付き合ってるのよね?」
「ああ、私も気になってました。どうなんですか?」

 ウィリアムの心臓は止まったが、夜空は軽くうなずいて、ロンシャンでは普通のことだと断った。

 ただ一人、工業国であるアイゼンローズ共和国の貴族娘、ソフィア・リーフェンシュタール嬢だけはウィリアムを責めるように見つめ、修道士なのによいのかと尋ねたが、何とクルシュタルト連合王国の王子様、クラウス・タイガ・ヴァルキリア殿下が身を乗り出して仲を認めた。

「予は、親しき二人に真実を隠されるよりは明かしてくれるほうが嬉しい。軍事にだって、女が参加する世情。それに比べればどんなに平和なことだろう。ロンシャンではタブーでないのは興味深いな。むしろ、聖書のあいまいな記述をもとに同性愛全域を禁忌とするのには無理があると思っている」

 王族の威光というのはあるもので、なぜか護衛兵たちまで感激し、ウィリアムと夜空のカップルに激励をはじめた。

「や、俺も昔、気の知れた腐れ縁とつるんでるほうが女との付き合いより楽しかった時代があるよ!」「麗しい坊さんってやっぱり憧れちまうよなぁ」「ロンシャンでは結婚まで普通なんだろ? 幸せにな」「ああ殿下、何と寛大かつ開明なお方であらせられることか……!」

 これがライヴァルのルーシャン軍人ことアレクセイ・P・ヴェルシーニンならばそうはいかなかったろう。貴族らしく、虎耳と尾をめったに動かさないお行儀のいい王子殿下は、珍しく虎耳を茶目っ気たっぷりにくるりと反らした。

 伊達男のバラデュールが水を差す。

「あれっ、でも待って、二人はいわば恋の奴隷状態だというのに同室なのかい?! えーっと、寮則に反するんじゃ? それがオーケーなら僕だって、ノエーミと同室になりたいんだけど……!」
「てめ、どさくさ紛れに何を言いだしてんだよ!」
「私はバラデュールと付き合っていませんよ。恋人は別にいます」
「うぅーん、部屋割りは今のままでいいんじゃないのかなぁ? 無理に変更して、二人の仲を引き裂くと思うとちょっと気まずいし……なーんてね。ハハハ」

 同級生たちは表向き納得したようだが、夜空は学生手帳を持ちだして細かく確認をとった。

「寮則は『寮でみだらな行為が発覚した場合、退寮処分』だね。俺たちは、そんなことしていないよ」
「そうだ。私たちは『清らかな関係』だ。完全無欠のパートナーシップ。それを目指している」

 ……言い切ったし、みんな深くは追求しなかったが、真っ赤な嘘であった。だから交わりはいつも深夜。灯を落とした暗がりのなかで行われた。

 夜空と過ごすベッドタイムは、夢中の幻だ。最初のころは戸惑いもあったが、情熱的な誘いにあてられて、ウィリアムも理想的な情人を演じるのに必死だった。ときには激しく没入してしまい、翌日恥ずかしそうに避けられてしまうこともある。

 朝にこやかに尾を振る、あの夜空と果たして同一人物なのかと、信じられない思いまである。

 授業では秀才ぶりを評価され、入学式では新入生代表の献辞を行った。

 新知見、新知識の吸収に貪欲で、ゼミナール形式の授業ではいつも熱心な議論をしている。魔力の豊富さはときに嫉妬までされている。しかし本人は敵の殲滅より人命救助に役立てたいと、高潔な志を述べるのみだ。

 ウィリアムにとっては遠すぎる極東国・天山。ロンシャンに亡命し、砂漠を越えて入学してきたエイジャンの優等生は常に一目おかれ、おのれの力を試したいエリート肌の学生たちに意識され、やっかみ交りの厳しい批評に晒されている。かく言うウィリアムも、恋人という仲ではあるが、その一人だ。むしろ最も親しいがゆえに、最も彼を批判し、その手綱を握るバディでありたいと願っている。

 それなのに、夜空は恋人になってみるとわがままで、甘えん坊で、かなり率直に好意を表す無邪気なタイプだった。

 もう少し、精神的で高度な愛に達せないものか……理想主義なウィリアム・エヴァ・マリーベル少年の願いだ。それに、寮則違反とはなんだか気が引けるところもある。  次の授業は別だったが、食堂で仲間とともに再会した。夜空は駆け出してきて、食券札を買ってきてくれるという。どさくさに紛れて背中に触れようとしてきたが、そ知らぬ顔ですっと避けてやった。

「はい、ウィル、あーん♥」

 麦パンにチーズ、それにミルクといった素朴なメニューを頬張っていると、酢漬けの人参を一欠片フォークに刺して突きだされる。

 ともに昼食をとっていた大麗国きっての秀才・葉海英が「さすがにキツイぞ」と呆れた目線を送ってくる。だが夜空は一歩も引かず、ぐっとウィリアムの唇に人参を押し付けてきた。マリーベルはしぶしぶ食いついてやった。咀嚼していると、夜空は尾を振ってご機嫌だ。

「ウィル、可愛い♥️ 俺にも何かちょうだい♥」
「よしよし、マイウルフ。パンをやるから待ってろ」

 自分の分のパンをちぎって与えると、夜空はプライドもなくぱくっと咥えてもくもくと食べた。失笑、でしかない。ねえウィル撫でて、構って構ってと甘えてくるのは無視して、午後の授業へと急いだ。

「ええと……二人、じつはうまくいってなかったりする?」

 別れ際に、葉海英が声を潜めて聞いてきた疑問はなかったことにした。

 聖属性塔は響きこそ感じが良いが、実質は聖職者宿舎だ。修道誓願を立てた修道士やその見習いや、はたまた仏教の僧までもが一緒くたに生活している。

 ウィリアムは卒業後も宗教者として生きたいと願っているので、闇塔に居を移した後も定時に行われる聖務は手伝っている。五階のカテラドルに顔を出すと、すぐにシスター・アメリアに見つかり、香枦の煤払いや、洗濯、掃除とみっちりこきつかわれた。豪快な黒人の尼さんだが、人使いも荒いのだ。六時の祈りには参加し、夕食も誘われるまま聖塔でとった。アンドリュー・フリントたちと神学について議論を交わし、戻る頃には門限ギリギリだ。走って何とか闇塔にたどりつき、六階宿舎までとぼとぼと上がる。部屋を開けると、ウィリアムのベッドでは夜空が毛布にくるまってうずくまっていた。

「どうした、夜空」
「ウィルのベッドを温めてる。天山の古い逸話にもあるんだよ、気の効く臣が、草履を温めてたってのが。彼は関白にまでなったんだって」
「もう充分ホットになったろう。私も休むから、どいてくれ」

 そっけなく言うと、夜空は毛布の端を持ち上げて、じっと物欲しげに見つめてきた。

「一緒に寝よう? 俺のこと、ウィルの愛で芯まで焼いて……♥️」

 夜空は天山から携えてきたという寝巻きを着ていた。染めていない絹で織られたガウンに似た単衣で、袖が大きく取られている。襟元はゆったりと開いて、鎖骨と滑らかな胸筋があらわになっていた。肌は練った生地のように白く、零れる黒髪とのコントラストがなまめかしい。狼の耳も尾も毛並みがそろって白くきらきら光っている。

 ウィリアムはベッドに腰掛け、夜空の細部を視線でとっくりとなぞった。薄い上品な唇、二重幅の広い、アーモンド型の涼しい瞳。さらりとした黒髪。触れたい。口をつけたい。抱きしめて頬擦りして捕まえていたい。欲情がそそられて、腰の奥が熱くなる。

 それは誘惑の具現だった。聖と悪で言えば明確に悪の側だ。しどけなく自身の寝台に横たわる美しい青年。夜空はかつて男娼として扱われていたことすらある。神の国になど入れない。コリント書の悪徳表中の一だ。クラウス殿下は否定してみせたが、信徒のウィリアムにとっては重大事であった。

 教会から戻ってきたウィリアムは、自身の罪に向き合って夜空への欲を抑えた。

「愛とはそんなに淫らにねだるものじゃない。どいてくれ、夜空」
「ウィル……俺、やり過ぎた?」
「この程度の禁すら守れないなら、私は神に仕えられない」

 黒の詰め襟の留め金を外し、自分も寝間着に着替える。夜空は起き上がり、しばらくベッドにいたが、そのうちあきらめて二段目に上がっていった。寝床に入る。温もりははっきりと毛布やマットに残っていて、ウィリアムは抱き合った夜の記憶に苛まれた。恥ずかしがって身をすくめる仕草の愛らしさ。人が変わったように積極的になるひたむきさ。肌目のこまかさも、角ばった腰骨の固さも、まざまざと手のひらに蘇る。

 二段ベッドの上段で夜空が寝返りを打っている。ウィリアムは主の祈りを脳裏で紡いで安息の訪れを待った。

 翌日は一年の頃から世話になっているマスター・アジャスタガルのゼミでの早朝修行があった。同胞のジアースがカタールで凄まじい刃風を吹かす後方から、夜空の闇魔法が魔物を包みこむ。

 魔物は闇耐性が多い。しかし、夜空はいわばバカ火力で、「より濃い闇で黒く塗りつぶす」。エリート魔術師を育成するアルカディア魔法大学ならではの指導方針だった。

「Purify black!」

 闇というのもなま易しい、万象を塗りつぶす暗黒が展開され、咆え狂う三つ首犬の胴を別次元に持っていく。魔物は魔素だけが凝り固まった新生物だ。三つ首犬は胴を純黒に食い破られて何の概念も保てなくなり、核となっていた魔石を残して気化してしまった。

「月の女神よその眷属よ、日輪に覆い隠されしその煌めきを露わにせよ、狩人たる我らに羽毛のしとねの休息を! FeatherMoon!」

 ウィリアムは過回復を恐れて月光の加護で疲労を癒した。ジアースが周囲を哨戒し、鞘のない短刀を下ろす。

「二人ともいやに潤沢に高位魔法使ってるけど、後半で息切れするなよな」
「ごめんジアース、でも魔法で殲滅した方が君の負担にならないと思って」
「じゃあ私は魔力を温存する」

 だが、複数の飛行体に襲われると分が悪くなった。微細な魚に羽根がついた魚蝿が群れて包み殺そうとしてくる。これだとジアースが前衛をしても意味はなく、結局夜空が詠唱なしで唱えられる「マギカ」を連発してしのぐという単純な削り合いになってしまった。三人でようやく群れを魔法で焼き殺し、毒や傷を治療する。夜空もウィリアムに触れてヒールをしようとしたが、手は止まってしまった。

「いや、いい。自分でする」

 傍らではジアースが首をかしげていた。夜空の脇腹をつついて「ケンカしてるならやめろ」と忠告する始末だ。

 他人にはっきりと不仲を指摘されて、夜空はしゅんとなった。狼耳を寝かせている。寮の部屋に帰りつくと、ウィリアムは夜空とともにベッドに座った。

「ウィル、俺、辛いよ」
「夜空……だが、たった一週間の禁だぞ」
「俺は甘えん坊なんだろう。キスも、ハグも、撫でてすらもらえないなんて」

 夜空は獣耳を寝かせて恥ずかしそうだ。普段なら、もう抱き寄せてキスを繰り返してなだめている。ウィリアムも同じだけ苦しくなった。夜空の人の耳に唇を寄せ……ふうっと息を吹きかける。夜空は首をすくめて、尾をはたはたと大きく振った。ウィリアムも珍しく、尾をゆっくりと振ってやった。

「私からも、触れずに愛を示してやろう。夜空……君が好きだ。君を抱きしめたい」
「くぅー、俺もだよ、ウィル!」

 夜空はウィリアムの告白に身もだえした。期待に満ちた目で見つめてくる。ふさふさの尾がぐんぐん振られて、少しおしりを浮かせている。  ウィリアムは思いつきを実行してやった。

「君の黒髪を櫛梳りたい。夜霧を溶かしたようなその髪にキスしたい。君の頬を撫でたい……耳を甘噛みしてやりたいよ。熱い胸にも、整えられた腹筋にも、頬を埋めたい。君に覆い被さり、私も支えられたい。君の指に唇を這わせたい。腰骨をつかんで、尾をくすぐってやりたい」

 言葉での愛撫。ウィリアムは夜空を愛しげに眺めた。夜空は体をむずむずさせ、身を乗り出してじっと見てきた。そして、声を低めて言った。

「俺は、ウィリアム・エヴァ・マリーベルの勇気と、公正さと、真面目さと、信心と、意思と愛の強さと、美しさだって、一章ずつ伝記にしたい」

 ウィリアムは尾をそそけ立たせた。夜空が内面を誉めてくれた一方で、自分は何と淫乱だったのだろう。言い訳をしようとすると、夜空はこてんとベッドに横たわった。

「でもいくら言っても足りないんだね。俺、今夜もきっと寂しいよ。ウィルの肌が恋しいんだ」

 ウィリアムはうつむいて静かに尋ねた。

「昨日、独り身を慰めたか?」

 体の始末にまつわる問いにも、夜空は怒らなかった。頬を上気させて否定する。

「ううん、大丈夫だ。今夜も我慢する。禁が解けたら、ウィルに沢山抱いてもらうね」

 ウィリアムは内鍵を閉めに行った。夜空が身を起こして顔をほころばせる。

「ウィル、してくれるの?」
「見ててやる」
「えっ?」
「辛いんだろう。私は、自分の禁は守るつもりだ。でも恋人として、君の滾りを解消したくもある」

 夜空はしばらく目をしばたたせた。ウィリアムは至極真面目に、夜空に告げた。

「自涜していい。手伝ってやるから」

 夜空は驚き、口をぱくぱくさせる。そのうち、ニッと負けず嫌いの笑みを浮かべた。

「わ、わかった。構ってほしいならそれくらいやらないとね!」

 夜空は強がると、ベッドに寝転んだままさわさわと胸を撫で回した。内股はぎゅっと防衛反応で閉じている。しばらく服越しに上体をいじったが、ちらちらと様子を伺ってくる。

「は、恥ずかしいね、コレ。もうちょっと待ってて、ウィル」
「いい子だ、マイディア……」

 ウィリアムはベッドの端に座ったまま、夜空の額にふっと息をふきかけた。夜空は唇に自身の指を二本押し当てて、咥えこむ。ちゅうちゅうと吸い付き、ついには膝を少し開いて服の上から内腿を撫で始めた。ウィリアムは助力のつもりで声をかけた。

「オーケイ。君の素肌が見たい……ボタンを外してくれ」
「うん、ウィル……」

 夜空が濡らした手を動かし、オリーブドラブの軍作業服の上衣がはだけられた。朝のはっきりした光の中で見る上半身はほどよく筋肉が乗っていて、細さのわりに健康的だ。ウィリアムはごくりと唾を飲みこみ、続けた。

「ああ……セクシーだな、夜空。君の肌に触れたいよ、どうか、代わりにそのふっくらした胸を撫でてくれ」
「こ、こんな感じ? 自分じゃ触らないよ、こんなところ……」
「そう、そのまま腹筋に降りていって……人差し指でなぞるんだ。下から上がいい。そして君の愛らしい胸の尖りをこねてくれ」
「乳首のこと、だよね。わかった……」

 夜空はおびえたような風情で言う通りにした。恥ずかしそうにしながら腹筋を撫で上げ、サーモンピンクの乳首をくりくりといじる。眉根が寄って目が閉じられる。

「ぞくぞくするよ、あの……でも」

 夜空はぞくりと耳を寝かせて跳ね起き、不意打ちでさっと唇にキスをした。

「今、何をした? 夜空」

 ぴくぴくと白い狼耳がうごめく。押し止める暇すらなかった。夜空はウィリアムの膝にのしかかり、胴を抱きしめてすりすりと頬擦りを始めたのだ。

「えへ、俺の負けだよ。捕まえちゃった、ウィル大好き♥」
「あ、あのな……! 夜空、あっさりゲームを放棄するな!」
「ウィルがいけないんだ。俺を誘惑したんだもの」

 夜空はマリーベルの腹にぎゅうっと頭を押し付けて、しみじみ言った。

「一人でなんて嫌だよ。いっしょに幸せになろう? ウィル」

 ウィリアムはなぜか負けた気持ちで夜空の獣耳を雑に掻いてやった。夜空は膝に顔をうずめ、尾を振ってじっと見上げてくる。さらさらの黒髪に指を入れてやると目を細め、満足そうに息を吐きながら、顔を埋めてちゅ、とキスした。

 ズボンの中心の縫い目に。
 すりっと頬を滑らせ、さわさわと腰を撫でて、ウェストの留め金を外そうとする。
 ウィリアムは慌てて軽く黒髪を掴んだ。

「夜空。ストップ! 私は別に……君に劣情を抱いていたわけでは!」
「大丈夫、俺に任せて。えっちなウィルも大好きだからね♥️」

 夜空は大して言うことを聞かず、留め金を外して下着までを掻き分けた。そしてまだ大人しい性器に鼻先をつけ、丁寧に指で包んだ。

「ふふ、いただきます。たっぷり舐めさせてね……?」

 何を言う暇もなく、夜空がちゅっと先端にキスした。吐息を吹きかけてあたため、顔面をすりりと撫でさせて、はぷっとくわえこんだ。

 おかしなゲームの開始からずっと待たされていたそこに、粘膜の熱と柔らかさが染み通る。夜空は口をぴったりとウィリアムのかたちに張り付かせてきた。挿入を模した感覚に、すぐにそこは勃起の兆しを見せはじめた。

 ぐっと根元が吊る。その後どんどん染みてくる生ぬるい唾液を吸って、ぽってり全体が重くなる。ひたと裏筋を支えてくれる舌の厚み。形いい唇が根を締め付ける。ぬっ、と皮を押しのけて欲望が直接膨れあがる。ひりつくほど餓えたそこが、ねっとりと熱いしずくを滲ませて呻いた。

 この男娼を犯させろ。
 誘惑の権化を。
 麗しきオリエンタル。邪気のないヴァンプ。同じ雄性の精を求めるいやらしい男にたっぷりと仕置きしてやる。

 己の欲情の責任まで押しつける身勝手な線引き。背徳に居直りながら、ウィリアムは汚らわしい情に悶える。夜空ははぷはぷと生真面目に吸い付き、巧みに快感を引き出していく。

「ああ……!」

 喜びを滲ませたあえぎに応えるように、夜空が片方の手をきゅっと握ってくれた。そして俄然張り切って口をすぼめる。音も立てずに密閉空間を作り出し、裏筋を舌で上下になぞった。

「うくっ……! よぞら、あっ、うぐっ」

 吸いたてられて勃起は鋭くなり、ウィリアムの背は弓なりに反る。先端が傘を開き、夜空は深々と喉奥に呑み込んで、ずるりと口から出した。紅色の性器がふるりと投げ出される。夜空はくびれに片手を添えてかるく口付けし、艶やかな肉棒を丁寧に舐め始めた。

「ん、ん、くふ、はぷっ……!」

 可愛げのある顔立ちの男が、笑みまで浮かべながらそこを美味しそうに舐め回す。実際、うつぶせてぺたりとした尻から立ち上がる尾はゆったり振られている。くん、と時折匂いをかぎ、ぺろりと大きく舐めあげる。キャンディでも味わわせているような優越。

 夜空は邪気なくそれをする。
 快感だけをむさぼる行為を。
 男同士の性はただでさえ実を結ばない。男女のそれを模したソドミーですらない。  ウィリアムの脳では快感と欲望と罪悪感が入り雑じる。目元がじんとして涙ぐんでしまうほどだ。

「夜空……! 君は、くううっ、君は……!」
「ん、んん……♥️ おれ、ブロウジョブ好き。いっぱい感じて。幸せなんだよ、ほんとに。人の営みの根源だもん、俺は、ウィルとしたい」

 いやらしすぎると責めようとしたが、それは罵り言葉でしかなかった。夜空はなだめるようにちゅっと性器の切れ込みにキスした。

 この愛しい男は分かっているのだ。
 こちらの潔癖も。内に溜めた淫欲も。
 罪悪感も苛立ちも、自身の性癖を押し付けているところも。

 ウィリアムは敗北感まで覚えながら夜空の後頭部に手を添えた。夜空はまた屹立したものを口に呑み込み、頬の内側に滑らせて甘やかしている。敏感な亀頭がぬるぬるとした粘膜をえぐって、顔の輪郭まで乱れている。ねばりつく湯で浸されて、洗われているような心地よさが溢れた。ずっとそこに包まれていたい。そう思えるほど、恋人の咥内が気持ちいい。

 少し鼻を鳴らして、夜空が本格的に口を動かしはじめた。茎の中程までを唇で締め付け、根元を指の輪で擦りあげつつ、舌で丁寧にふやかす。特に先っぽの丸みだけを口に含み、ぺろぺろと切っ先を刺激して、ファルス全体を細かく擦られると、もうウィリアムはぐつぐつと己の睾丸が煮え始めるのを感じた。

「よ、夜空……♥️ す、吸ってくれ、ああ、私の目を見るんだ……っ!」
「んぅー、ん♥️」

 夜空の舌がつうっと裏筋をなぞる。

 甘く鳴いて、ちゅぷっとキスして、もう一度くわえなおし、ぢううっと音を立てて、吸引する。

 完璧に媚びた上目遣いがウィリアムをとらえる。あどけないくらいの表情だ。

 出して、と目で言っている。夜空は咥内に出しても喜びさえする。

 求められているという直感が数多のためらいをかきけした。

 ウィリアムはのけぞり、いとおしいものの中にたっぷりと放出した。熱い熱い火の液が夜空の口いっぱいに溢れかえる。性器の芯まで甘く焼かれて、太ももの筋までがひきつる。  体の奥底にうずいていた精が次々と飛び出る。夜空は性器のうごめきを感じとり、鼠径部に顔を押し付けて深く飲み込む。注ぎ足されるとろみを受けとめて、こくっこくっと飲んでいる。

 放出が終わってしまうと、ウィリアムはどさりと横向きに倒れ込んだ。股間に伏せていた夜空も延びあがってくる。

 至近距離で見つめあうと、夜空はにこりと笑った。

「ウィル、スッキリした? そろそろアジャスタガルの授業だよ」
「……」

 ウィリアムはその柔和な顔立ちに見入った。黒い潤いのある瞳。さっきまで卑しい場所をくわえこんでいたとは思えぬ屈託のなさ。頬に手を添えてみる。夜空ははにかんで少しうつむいた。

「……夜空。負けを認める。君に触れたかったのは私のほうだ。君をよこしまな目で見ていたのは。いつもそうなんだ、私は……清らかでいたいと願っているのに」

 夜空は答える代わりに小さく額へキスしてきた。そして耳元でささやく。

「ちゃんとウィルを補給できたよ。お返しに今晩、たっぷり気持ち良くしてね」

 直截なお誘いに、かっと赤くなってしまった。夜空は起き上がって、デスクに教科書を並べていそいそと授業支度をはじめている。後ろから忍び寄り、しゃにむに背中に抱き着いた。干し草に似た日向くさい汗の匂い。

「え、ウィル? ダメだよ、朝練は行ったんだし、ジアースが不審がる……!」
「夜空は? 夜空は私を求めてないのか? 軽いスキンシップで満足なのか? 私も君に奉仕したい。お願いだ、君を愛してる……!」

 頼み込むと夜空はすこしもたれてきて、いたずらっぽく笑った。

「へへ。じゃあ……サボっちゃう? きっと自主練が追加されちゃうけど。それともさくっとやって遅刻する? ねえ、ウィル、どっちにする?」

 ウィリアムは小さく夜空のつむじに口づけをして告げた。

「さくっとやって、遅刻。マスター・アジャスタガルには世話になってる」
「……そだね。だって俺が変に駄々こねちゃったから、触ってもらえなくなっちゃったんだし。じゃあ、俺のこと……良くしてくれる?」
「オーケー、ベッドに戻ろう」

 夜空はうなずくと、自分の方のベッドに移り、ハーブ水で体を拭き始めた。ウィリアムもカソックを脱ぐ。そして下着だけになって、頃合いを見て夜空のほうにもぐりこんだ。

「親愛なる夜空……もう大丈夫か?」
「ん、あ、口もゆすいでこようかと思ったんだけど……」
「済んだ後にすればいい。どうせ私だって……君の恥ずかしいところを口に含む」
「ん……ウィル♥」

 慣れてきている、と思った。親密な時間を過ごすことにも、互いの気配にも、匂いにも。明らかに不純なことなのに、二人の関係が濃くなっている証のような気がして愉しい。

 ウィリアムは夜空を犯す気がなくなっていた。口で交合して、そのムラつきが失せていたというのも、ある。だが、ウィリアムのほうからも、夜空を同じくらい心地よくしてやれりたかった。

 禁を強い、一人情をため込んだせいで罪の意識はうず高いジェリコの防壁となった。けれどそれは崩れる運命にある壁。

 そっと唇と唇を触れあわせる。夜空は何をされるかをわかっていてベッドに横たわる。軍作業服の前ははだけたままで、筋でふっくらもりあがったつややかな白肌がなまめかしい。寮の仕事だとか朝練だとか剣の鍛錬の付き合いでそれなりに鍛えてはいる。けれどまだ鋭さが取れない中途半端な、若い肢体だ。見栄えよくビルドアップした直接的セクシー、とはまた違う。それは寮長のナイジェル先輩だとかで、夜空のは、触れ難い神秘。東洋人らしいきめの細かさと生白さは、まるで最高級の絹織物だ。

 ウィリアムは目の前に供された半裸の肢体に手をすべらせた。夜空は恥ずかしそうだ。くすぐったさに胴を少し緊張させ、やがて力を意識的に抜いていく。首筋を食みながら、上半身を触っていく。色づいた乳首を口に含んで吸いたてると、痛みにおののくかのように身がよじられる。

「平気か? 夜空……君のここはまるでグミキャンディだな、不思議と甘い」
「よ、よく言うよホントに……! あ、あのね、噛まないで……!」

 唇だけで押しつぶし、舌でじっくりと舐めてやった。もう片方もくすぐるように指でいじってやる。夜空の身体はそのうちふたたび脱力して、ウィリアムの頭を抱いた。

 ローズマリーとレモングラスがふわりと香る。小さく尖る愛らしい乳首を、すべての指で細かく撫でてやりたいが、あいにくリクエストは「さくっと」だ。ウィリアムは手のひらで夜空の腹部を撫でまわす。贅肉はなく、うっすらとへこみがある。そこからボトムの留め金を外して中に手を差し伸べると、性器はふっくらとして熱を持っていた。

「マイスウィート。そうか、待っていたのか……?」
「だ、だってウィルが気持ちよさそうに出すんだもん、それに俺だってさ、きっとヘンタイだから……! 美味しいとまで感じるんだよ、頭の中が濁っちゃう」
「クリアに直そう。私が舐めてやる……」

 天山伝統の下着、褌とかいうどうにも目のやり場に困る布切れを横にずらして、甘く勃起した性器に触れた。夜空の秘所に触れた……そう思うだけでウィリアムも胸が高まる。下半身に移動して、掴み出してやると性器はうすく反り返っていた。先端からはもう、先走りのしずくが漏れ出している。

「まるで柔らかなガーネットのようだ、夜空……たくましいぞ、何てピュアな血の色だ」
「~~っ、は、恥ずかしいよ、ウィル。あんまり形容しないで……」
「味はどうだろうな、ん?」
「だ、だめコレでよく拭いて、そうじゃないとウィルが汚れちゃう……!」

 そう言って夜空がハーブ水に浸されたガーゼのハンカチを渡してくる。汗だろうが何だろうが構わないのに、と思いながら、ウィリアムは受け取る。そして使わずに鈴口を舐めた。

「うぁ、あっ、ダメ、ウィル、汚いよぅ……!」
「ん……存外あっさりめ、と言っておく。とろとろだぞ、夜空……辛かったな」
「だ、ダメだったら、ウィルっ! ”俺のカ・ナ・リ・ア”!」
「そんなに嫌か? ココは悦んでいるが?」

 わざといじめるように形容してやると、夜空がカカトで蹴ってきた。セイフワードまで挟まれたら仕方がない。人差し指を割れ目に滑らせると、夜空はぐっと腰を突き出してのけぞった。

「そ、そりゃあ! 俺だって感じやすいよ! うーっ、ウィルぅ……!」

 もったいないような気持ちになりながらも、ハンカチで丁寧にぬぐってやった。その程度も立派な刺激になるのか勃起はいや増している。ウィリアムは大胆に付け根まで口に含み、喉に鈴口が当たるのも構わず、舌でぞるりと舐めあげてやった。夜空は腰をつっぱらせて喘ぐ。

「っあ、あっ、凄っ、ウィル……!」

 ヒップがかくかく震えている。本当は欲にまかせて突きこみたいのだろう、けれどウィリアムを気遣って、我慢している。ウィリアムは先端の丸みだけを口に含むと、舌先で激しく切れ目を責め立てはじめた。

「うっううっ、ひあうっ、ウィルぅ、好きだよ、君が大好きだ……!」

 喉をいたぶる心配がなくなって、夜空も大胆に腰をくねらせはじめる。舐めとっても舐めとっても腸詰のようなそこからは熱い汁があふれてきて、ウィリアムはその張り詰めた弾力を一瞬噛んでやりたい気持ちにもなる。唇がしびれてくる。鼻で呼吸をするから湿った匂いからは逃げられない。それだって、脳髄まで溶けてしまうくらいの刺激的なフェロモンだ。敏感な粘膜を責めつづけているとたやすく絶頂してしまうから、いったんは口を外して、根本から頭までをねっとりと舐めあげるお楽しみに耽る。

「む、はむ……よぞら、Are you addicted to my job?」
「そ、そうだよ、今だけは……!」

 ふ、ふ、と息を荒げている夜空が睦言に反応して軽く上体を起こしてくる。挑戦的に流し目を送ってやる。夜空は照れて、瞳を逸らす。

「私がこんなことをするのは君にだけだぞ。堪能してほしい……」

 膨れ上がったファルスにふうっと息を吹きかけ、ぺっとりと舌を宛てがい、まるで悪魔のように笑う。させている時のように自罰に焼かれはしない。むしろ、夜空に奉仕できて嬉しいのだ。はぁ、と深い吐息で温める。だらりと唾液が根元までつたって、夜空がぴくんと脚をひきつらせる。

 女のそこを舐めるよりも、何倍も楽しいと冗談ぬきに思う。ずっしりと輪郭があって、快感に積極的で、それに造りも単純で、咥えがいがある。先走りの味も疚しく頭をしびれさせてくる。張り詰めて脈動し、最後にはびゅるるっとポンプのように精をまき散らすさまは、赤面するくらいに達成感がある。

 夜空はフェラのとき何度もキスしてくれるが、その気持ちもよく分かった。ウィリアムもじっくりと唇を押し付け、指でねちねちとしごいてやる。

「君のここを直接味わえるだなんてな。初めて出会ったときには考えもしなかった」
「んん、ふあ、で、でも想像してた? ねえ……♥ だって俺のこと、初めて見たときに魅力的だって思ってくれたんでしょ?」
「はっ、あの時にそんな暇があったとでも? 無論、その後は何度も想像したが」

 調子に乗った戯言をひょいとかわし、あらためて男の部分をくすぐってやる。

「とても熱いよ……それに健気だな。快楽の象徴、欲望の化身……君にもついているだなんて嬉しい」
「おれ、おんなのこじゃないんだよ」

 ――知ってる、だから愛せる。

 自分が同性に欲情する変態だということをウィリアムは自覚しており、重みを増した男性器を丹念にしごき、飢えた先端に何度も唇の柔らかさを教えた。夜空の声には多少切迫した響きがある。ウィリアムはわざと意地悪く問いかけた。

「女だったらよかったと? ノー。その場合君はほんもののサキュバスだ」
「ち、ちがう、ウィルに恋をしたよ。俺、それだって君が大好きになったよ。君のアレだってもちろん……!」

 黙らせてやるつもりで愛撫を激しくした。口腔での性交、その疑似行為に浸りきってもらおうと、雁首のあたりで頭を振り、吸いながら責め立てる。もちろん根の裏筋は的確に親指で搾り続ける。ふっくらとした睾丸を軽くもてあそぶ。夜空の健康的な肢体がしなり、生きた楽器のように甘たるい響きを上げる。

「あ、ぅ、いあっ、うああっ、ウィル、で、出ちゃう、そんなにしたらっ……!」

 ひゅっと息を飲みつつも、夜空は腰を左右に振ってとどめの愛撫から逃れようとする。もう許す気なんかなかった。口をすぼめ、自分がされたように、真空にして吸い付いてやった。ぐっぐっと根が反りあがり、限界を迎えた亀頭がはじけて粘液を放出する。

 よぞら、君はおとこのこだ。だからこそ激しく、美しい……! 私のパートナーに相応しいんだ。

「――ッ、くう、ううーーっ!」

 びゅ、びゅるるっとしぶく熱い精液に喉まで焼かれながら、ウィリアムも目をつぶって忘我の満足に浸った。

 鼻まで抜けるねっとりした生々しい香り。体の最奥で作られた、新鮮な青い匂い。ねばついた、としか言いようのないすえたクリームのような味が、とてつもない説得力でウィリアムの全ての欺瞞を突き崩す。美味なわけがないのに、唾液がじわじわと湧いてくる。口中で溜めて味わい、深呼吸をして飲みこんでしまうと、喉に絡んだそのねばつきが、夜空の淫蕩さの証のような気がして、なぜか勝ったような気分になった。適当に放り出していたガーゼのハンカチでもう一度性器をぬぐってやって、脇によれてしまった下着を直し、しまいこんだ。

 勤めを終えたふくらみを手のひらで撫でてやりながら、ピロートークに移る。

「第二ラウンドは必要ないな?」
「は、はああ~……ウィルこそ。大丈夫? おれ……もう一度してあげられるけど」
「話し合いの結論は『サクっとやって遅刻』だからな。火属性塔までは遠いが……走れば何とか間に合うかもしれないぞ」
「健全に発散ってわけだね。よし、ウィル、講義室Bまで競争ね!」

 夜空はそう言うとばねのように跳ね起き、デスクの上に用意してあったテキストをかっさらってローブを着こみ、部屋を飛び出していってしまった。

「まったく。元気なやつだな……」

 ウィリアムは苦笑して着替えを済ませ、きっちりと戸締りをして後を追った。火属性塔講義室Bにはすでにいつもの面子が揃っており、ウィリアムも夜空も遅刻のために、全員の前での腕立て伏せを命じられた。

 二十回の罰則を終え、へたりこんで座席につっぷすと、夜空が肩をゆすってきた。

「ねえ、俺の勝ち! お昼にスムージーおごってよ」
「ノー。前提条件として、私はゲームに同意していない」

 猫族のジアースが、黒い尻尾をばたつかせて脇を小突いてくる。

「喧嘩すんなって朝から言ってるだろ。つーか、大学生にもなってガキ」
「ジアース夜空マリーベル! お前ら煩いぞ、『炎の蛇』に懐かれたいか!?」

 熱血マスター・アジャスタガルの注意が飛び、それきり口論はお開きになった。授業が終わると、夜空がささやいてくる。

「次俺が勝ったらね、いい子だって撫でてね」
「そんなのは……ゲーム以前の日常だろう?」
「ご褒美って考えれば特別になるじゃない。帰ったらまたチェスしよう。次こそ俺が勝つからね!」

 懲りない夜空は捨て台詞を残して教室を駆けだしていく。一緒に残ったジアースも半分呆れ顔だ。

「で、お前が勝ったらどーすんの?」

 ウィリアムも苦笑して答えた。

「レモネードでもおごってもらうさ。罰ゲームだなんて、ろくなことがない」

 我慢させたことこそが後悔だった。与え、与え返してやる。それは親愛のかたち。決して邪欲だけではありえない。――私は夜空が好きなんだ。彼を愛さんとしている。

「たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい応鉢と同じである。コリント人への手紙、第十四章。すべては愛をもって行わねば」
「ふーん、たまにはいいこと書いてあるじゃん? 俺なら、『海鳥亭』のディナー三回分とか言っちゃうけど」

 ジアースはお察し顔で腕組みする。

 罪と汚れについてだって、いつかは結論を出せるだろう。少しも濁りのない純粋など、この世にはありえないのだから。

 神妙に十字を切って、ウィリアムは怜悧な顔を上げた。

(了)