お題「余韻」「残香」

 俺の清矢(せいや)くんは軍で働くために鍛錬もするけど、いつもデオドラントにまで気を使ってる。日本での神兵隊訓練の後はよく拭きとってハッカ油のスプレーをしてたし、自分でくんくん匂いを確かめてる。使い過ぎてハミガキ粉みたいな香りになっちゃって、目にしみる、なんて言って笑ったりとか。詠(よみ)みたく汗臭せーよりいいだろ! とか、怒って顔が赤いのも可愛かったりして。

 海外に来てからもそれは変らない。清矢くんの兄で、大泥棒の夜空っていうやつはぜいたく好みだから、土属性塔からハーブを分けてもらっては、せっせと錬金房で蒸留させてオイルを作ってた。何でも「魔法薬の世界」っていう教養授業で習ったらしく、風属性塔サロンにまで出向いては、俺にも練り香水を分けてくれたけど、レモンの香りじゃ石鹸みたいだ。

 清矢くんはいかにも興味ぶかそうに言う。

「これにミント混ぜたらどうだよ」
「別に可能だよ。ミントのオイルをプラスすればいい。でも俺は、ローズマリーのほうがいいと思うけど……」
「渋みも加わるからそっちだな」
「レモンとローズマリーの組み合わせは肉料理の香りづけでも定番ですね。でも、両方作って比べてみては?」
「詠(よみ)はどっちが好みだ?」
「えっ? 俺、わかんねー……」

 そんな女々しいこと知るわけねー。後半の文句は言わなかった。

 一緒にアルカディア大に留学した充希に愚痴ったらこう言った。

「そう? 俺、レモンなんかいかにも初心者向けだしお断りだけど」
「香水なんか臭いだけじゃん」
「でも俺だってデートの時くらいカッコつけたいもん。そこはもう、バイトしてプロがブレンドした香水買う。裸になったらそれしか纏えないし」
「誰とデートすんの。清矢くんだったらキレるから」
「んなワケねーでしょ。気になる?」

 充希はんべっと舌出して、風みたいに去ってった。

 寮では「みだらな行為は禁止」だし、俺は充希・清矢ペアとは所属塔を離されてる。必然的にエッチができない。清矢くんは充希に気を使うし、充希も「俺がいないときに二人でセックスしないでねん」と釘をさすからだ。そんなの知らねーって思うけど、チクられたら退寮だからピリピリしてる。かといって、観光客用のホテルは普段使いには高すぎる。ようやく堂々とエッチできる年齢になったのに、俺はいつだって欲求不満だ。毎日だってしたいのに。

 それでどうしてるかというと、退魔用の戦闘訓練で使う、ゴント山の山荘でデートしてる。全十三層のうちの三層まで行かなきゃならないんだけど、敵なんかほとんどスルー。逃げたりなんやで、管理人に挨拶して、割安な利用料を渡して、ソッコー二人用の部屋にこもる。後はパラダイス。

 清矢くんはシャワー浴びるとかなんだとかで忙しい。二人一気にしちゃっても管理人は疑いもしないから、もうそこからしてセックスは始まってる。水だけのシャワーで冷たさにすくみながら、互いに抱き合って汗だけ流す。持ってきた石鹸で軽く洗って、指にたっぷり泡を塗り付けて、後ろの穴の中まできれいにする。我慢できなくてそこでヤっちゃうこともある。ベッドに押し倒して、普段生意気で凛としてる清矢くんを貫きながら喘がせられるのは世界中でホントに俺だけの特権。

 その日も終わった後、なんとなく戦衣に袖を通すのがおっくうで、裸のままだらだらしてた。清矢くんはもうセックスの余韻そのものの肌の赤みもひいて、リュックの中を漁ってた。ばーちゃん手作りの巾着の中からリップクリーム出して、乱雑にクチビルに塗った。俺は顔を近づけた。即わかる、バニラの匂い。

「これ……甘すぎない?」
「ああ、ドリスがそう言ってたんでどうせだからもらった。詠にもおすそわけしてやるよ」

 そう言って、清矢くんは俺にキスしてきた。俺はねっとりしたクチビル(気のせいで甘い味までする)を夢中でむさぼった。黒目がちな目が愉しみに細められて、品のある古都のお嬢様って感じの顔が不敵に笑う。

 微妙に段を入れた髪をかきまわして、クチビルだけど言わず頬にも鼻にもキスされる。クリームのべたべたが顔じゅうにひろがって、清矢くんはそれを塗り広げさえする。

「ニキビとかできたらどーすんだよ」
「詠もそれは気にするんだな。じゃあ、顔は洗っちゃえよ」

 俺は服を着ると、言われたとおりに石鹼借りて顔だけ洗ってきた。肌がキシキシする。清矢くんは俺の短髪の中に鼻つっこんでくんくん嗅ぐ。

「んー、汗くさいな。でもいい匂い。まだ俺もエロエロモードか」 「もっかいする?」
「いや。暗くなったら降りられなくなる。詠は先に支度しろ、カモフラージュのために二層で少し狩るぞ」

 清矢くんはそう言って、再度のシャワーに出てった。俺は神兵隊の黒衣をつけて、黒耀剣を持って落ち着かず待った。

 最後風属性塔の前で別れるとき、清矢くんは笑って、俺の首の前側、胸鎖乳頭筋? の筋をかるく人差し指でなぞった。

「俺だけのマーキング。他所のメスにとられないように」

 リップクリームが首筋にまるでクレヨンみたいにぬるっと塗られた。自分でもわかっちゃうバニラの残り香。これから帰るだけなのに、集中が途切れてどうしようって思った。エッチの時間がまだ続いてるみたいで、ダニールなんかにバレやしないかとホントずっと恥ずかしかった。  俺、やっぱり、香りって苦手だ。

(了)

※この短編は独立した軸としてお楽しみください