お題「クリスマス・イヴ」「ケーキ」

 アルカディア魔法大学はクリスマス休暇だ。俺たち極東からの入学生は、たった一か月半の休み程度で日ノ本に帰るわけにはいかないから、居残り組に入っている。だけど世話になってる黒須先生とその息子さんのイアソンは帰るっていうんで、俺は堂々と恋人の詠の部屋に入り浸ることができていた。聖属性塔はカセラドルもあるから、他教の人間までクリスマスの準備のためにこき使われている。風属性塔から逃げてきている俺もご多分に漏れず、その類だった。クリスマス劇のための操り人形を出して手入れしたり、樽からワインをボトルに詰めたり、他飾りつけだとかクリスマスキャロルの練習だとか、仕事は多かった。日ノ本ではクリスマスはイブが盛り上がるけど、こっちでは、当日が本番だ。

 明日がちょうど神の生誕の日、というわけで、遅くまで準備に時間をとられた俺は、夕食まで聖属性塔でとって、さっそく帰ろうとしていた。御不満顔なのは詠だ。

「清矢くん。今夜は俺の部屋に泊まってけよ」
「誰が許可を出すんだよ、そんなの。シスター・グラジオラスに土下座でもするのか?」
「だって恋人同士なんだしさぁ……もうちょっとだけ一緒にいようよ」

 ここは祖国より寒いから、俺も詠も建物の中でまでコート姿だ。肩を雑に抱いてくる詠を可愛いと思う。擦り付けてくる頬もいつもより冷たい。それが何だか無性にいとおしい。ただし、ルーシャンからの留学生で同じく居残り組のダニールからは大分冷めた目で見られてしまった。詠は剣士として一人前だからいい。でも俺は、剣技も達者じゃない剣気頼り人間で、ゲイの女役だってバレバレてるし馬鹿にされてるから、ホントはあんまりこいつらのことを好きではない。一方でいつも仲良くしてくれるチェロ弾きのヴィクトールも、イングランド魔法省志望のパンクス、ロディも、デュオで俺のピアノと合わせてくれるドリスも、あとは世間知らずで困り物なローク神殿出身者たちなんかも、みんな故郷に帰ってしまっていた。

 ヘクタグラムカース派の連中はなぜだか全員残ってるけど……あとは、アフリカからやってきた超ステキな性格の女の子たちとか、アルカディア島の魔法使いとかも残ってるけど、クリスマスのパーティを企画するには、ちょっと遅すぎる。誰かに誘われるのを待つしかないんだけど、俺は正月のニューイヤーパーティのほうの計画に力を入れてしまっていて、まぁクリスマスは適当にミサに参加して充希とダベって終わりかななんて、雑なこと考えてたんだ。

「黙って残ってればバレないよ。消灯時間近くなっちゃえば、追い出したりはしねーって」
「うーん。何かしら理由つけて先生に許可とったほうがいいと思うけどな。グランドマスターにまで伝わっちゃったら……」
「じゃあ外泊許可とってきなよ」

 俺はとりあえず一番物分かりがよさそうなシスター・グラジオラスことグレイス・ハドソン女史に聖属性塔への残留願いを出すことにした。所属塔へはそれからだ。

 シスター・グラジオラスは翌日の本番に向けて猫の手も借りたいほどお忙しいみたいだったから、明日のミサに朝一番で参加したいし準備も手伝うから今夜は聖属性塔に泊まりたい、なんて言ってみたらちょっと感動までされながら許可をくれた。俺も詠もけっこうこの厳格だが面倒見のよい尼さんが好きなもんで、普段の行いってやつも無論、加味されてる。この人は聖属性塔の中でも一番融通のきかないマロウ牧師にもことあるごとに改宗しろって暗に言ってくるクルセイダー・エルヴィンにも強く出れるから、フリーパスを手に入れたようなもんだ。

 俺は今夜は勝手にイアソンのベッドを使うことにし、風属性塔に戻り、有力な教授の威光を使って外泊許可を手に入れた。でもちゃんと、シスター・グラジオラスの仕事は手伝ったぜ? 彼女のゼミで居残りを指示までされたウィル・マリーベルとオーウェン・アップルビーには驚かれた。でもこいつら、尼さんの配下だからか力仕事が少ないでやんの。ウィル・マリーベルは「セイヤがそんなに信心深いなんて思わなかった、モーリス・ラヴェルは宗教曲を盛んに作曲していたわけではないと思ったが」なんて皮肉聞かせてきやがったけど、お前の恋人の夜空はシスター・グラジオラスに嫌われてるから無理だよ! ……と言い返しちゃうとよくないからな。一応、我慢しといた。多分闇属性塔ではパーティなんじゃないかな? 夜空も何だかんだこういう行事には熱心だし、ハズさないからな。明日あたり呼び出して「ウィル、今年も一年ありがとう。君の助けがあったからここまでやり抜けたよ。ここにプレゼントもあるけど、俺ごと全部貰って……?」とか殴りたくなるようなこと言ったりなんかして。うーん、兄弟ではあるんだけど俺はこういうベタなの苦手なんだよな、超恥ずかしい。

 シスター・グラジオラスを手伝っていたことには利点もあって、ウィスキーを効かせたクリスマス・プティングを夜食として詠のぶんまで貰えたんだ。オーウェン・アップルビーはテンションが上がり始めて「友達と全部準備するクリスマスなんて特別だね。今夜は夜通し祈ろうよ」なんて大学生にしちゃあ殊勝に過ぎることを言い出したが、俺は体よく他教だからって断った。そんで、部屋に帰ってもまだ詠は戻ってなかった。イアソンのものを勝手に動かしてもよくないから、俺は詠のベッドにいた。

「あああ、寒いっ、寒寒さむっ! 清矢くん帰ってたのか?」
「ああ、そうだけど……シスター・グラジオラスからケーキ貰ったぞ。ワインも適当にくすねてきて二人で乾杯しよーぜ?」
「ん-っ、清矢くん、腹ごしらえよりまず抱っこして♥」

 詠はそう言って、俺を正面からぎゅっと抱きしめてきた。いつもバックハグが定番なのに、真向かいからきた。何だかんだ嬉しくて……頬を摺り寄せてしまう。「清矢くーん」って甘えまくった声で呼んでる。ホント、可愛いよなあ、詠は。イアソンは帰ってくれてて正解だな。寮が離れてるのは仕方ないし利点もあるって思ってきたけど、二人一緒の部屋だったらどれほど濃密な時間があったことか、ちょっと本気で悔しくなった。

「へへ……清矢くんからのハグであったまる。ワインは難しいだろうから、ホットチョコレート貰ってこようよ。誰かがキッチンにたくさん置いてったんだ。多分サラ―ル師の差し入れかなぁ? イッスラームは他教信仰厳しいから、表向き誰も協力してくれてないけど……」
「このプティングもちょっと温めたいところだな。そんで、部屋で食べる? まあ食堂ってのは味気ないか」
「魔法攻撃バルコニー上がってみようよ。もしかしたら開いてるかも」
「えっと、カセラドルの? 今夜開けてもらうのは無理だと思うけどな」
「五階のワケないじゃん。最上階だよ! 十五階!」

 そんで俺たちは、寮備え付けのキッチンでホットチョコレートを水筒に入れて、プティングもちょっと炙って、二人でチェックのブランケット抱えて、いそいそと上がってった。しかしながら、一個下の階はセイントメイジルームになってて、そこから先へは上がれないようになってた。廊下まで絨毯敷で、コーナーの喫煙スペースも大理石のテーブルや革張りのソファだ。

「……どうしよっか」
「もうここでいいじゃん。セイントメイジどうせ来ねーよ」
「……そうかあ? 今夜はさすがに塔に滞在してるんじゃねぇの? うーん」
「じゃあ荷物全部抱えて地階まで降りんの? 俺、それ無理!」

 詠はそう言い始めてコーナーの喫煙スペースに陣取り、そこにプティングを皿ごと置いて両手を合わせ、「いただきます」した。俺も落ち着かないまま、そこでプティングを手づかみで食べ、魔法瓶入りのホットチョコレートなんか飲み始めた。セイントメイジに怒られたらやだなあとか思いながら。

 そんなことしてたら、いつの間にか就寝時間の鐘が鳴った。マスターウィザードもメイジも眠るような暇なんかあんのかな。そう思って、ブランケットにくるまってる詠を見つめてたら、立派なマホガニー材のドアが開いた。メイジルームから出てきたのは、セイントメイジこと、バチカン退魔軍からの天下り、ジョシュア・カーネギー先生だ。

「ヨミ、セイヤ。一体何をしているんですか。私に用事があったのなら、秘書を通すか、来週も告解室には詰めますから、水曜日にカセラドルに来なさい」
「セイントメイジ、申し訳ございません。今夜はイブなので夜通し起きていようと思い、魔法攻撃バルコニーに上がりたかったのですが、ここから先には入れなくて」
「竜戦争はもっと先の話ですよ。神に誓って、ウソは言っていませんね? バルコニーですか……いい機会だ、私も少し上がってみましょう」

 そう言って、ジョシュア先生はカンテラ片手に階段をえっちら上がってった。俺たちは皿と魔法瓶をリュックに詰めて、その後についてった。特別な魔力認証でセイントメイジが石造りのドアを開ける。そこには、真白く輝く水晶みたいに透明な魔法石が一抱えもの大きさで鎮座してた。セイントメイジが操作盤に触れる。それだけで灯がつき、バルコニーの鎧窓も、天窓も一斉に開いた。

「吹き飛ばされないように」

 その忠告どおり、俺と詠は互いの腰を支え合って、つぼみがほころぶみたいに開いてく、ドーム型の天窓を見据えた。

 一気に、冬の寒空と木枯らしが吹き込んでくる。天文学の授業で見ている星図どおりの美しい星空が天上に開けた。雪も降ってるから見上げる瞳に入らないよう、拳でぬぐう。俺は気を使って、セイントメイジにブランケットを渡そうとしたが、彼は首を振って断った。詠がマントみたいにブランケットを広げて、俺を包み込む。神秘的な薄暗い魔光で照らされた詠の横顔は、なんだか全てを知ってる賢者みたいだった。

「こちらセイントメイジ。魔法攻撃バルコニー最上階より通信テスト。『神は天に在り、世は全てこともなし』。明日の聖誕祭成功を祈って、各人、仕事をやめ眠りにつくように」

 セイントメイジがそう言うと、魔法石は震えるように輝いてその声を塔に伝えた。他、操作盤を次々と押下しながら、鎧戸や窓の開閉をチェックしている。

「ヨミとセイヤはもう少し居なさい。機能チェックが終わったら戻ります」

 俺たちはうなずく。仕事熱心なその老人はさておき、詠は目を閉じて、俺のこめかみに自分のをつけて、もたれてじっと時の流れに浸ってる。計画なしのイベントだって、二人ならこんなに特別だ。オーウェンもウィルもシスター・グラジオラスも、もしかしたらカシュガル師だって、遠く果ての伝説の日のことを、想っているかもしれない。日本人らしいちゃっかり精神で、俺はご利益を願った。温もりを分け合う詠は何も呟いてはいなかったけど、似たような良い気持ちだって信じられた。

 ああ、汚れなく生まれたというその神よ。

 願わくば皆が祝福されてありますように。

 メリー・メリー・クリスマス!

(了)

※この短編は独立した軸としてお楽しみください